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両親が昔住んでいた場所に両親が旅行に行った。
昔住んでいたマンションがそのまま現存していたという。
そこに自分は1歳くらいのときに住んでいたらしい。
坂のある町で坂を上がりきれずにおんぶをよくせがんだようだ。
自分にはまったく記憶がないし、もちろん撮った写真を見ても思い出すものはなにもない。
でもだからといって、そこが自分とは無関係の地とは思えない。
自分の脳の記憶の中にないからといって「なにもない」とは思えない。
もちろん両親から聞かされなければ「なにもない」ものに終わってたかもしれないけど、
たとえ聞かされなかったとしても、その土地そして私とともに、ある記憶されたもののように思えてならない。おれが記憶してないとすれば、誰が記憶しているんだ。


これは単なる神秘的な空想なのか。


死んだ知人が写真のなかで笑っている。
会社の机のデスクマットにその写真は挟まれていて、いつも微笑みをたたえている。
10年以上も前の写真で、もちろんこの時かれは死ぬなんて思っていなかった。


自分の記憶にない故郷の写真と死ぬことを知らない死んだものの写真はどこか似ているんだ。
うまく説明できないけど、完全に同じことじゃないかと。
ないことがあり、あることがない。
あることがあり、ないことがない。
あくまで直感だけど。




* * *
ボルヘスの言葉をまとめたツイッターを読むと目眩がする。

「知ってほしい、あなたもある意味で死者なのだ。」

「日をへて初めて、ぼくは悟った、あの黄昏の街はやはり見覚えのない街だと。」



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