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2010.04.21
起起起起転結

安定さえすれば、丸太ごと置いてみることも。
量感に語らせること。木ならでは。
野ねずみのこどもがアスファルトをちょこちょこ走っているのを初めて見た。
ハムスターの半分くらいの大きさしかなくて、驚いた。こんな小さいんだ。
19歳のころの日記が出てきて思わずじっくり読んでしまう。
あまりに幼い世界観が綴られているが、途方もない未来への期待で溢れていてそれだけで生が成立していることに驚く。複雑になればなるほど駆ける力が弱くなる。この日記についてはまたじっくり考察する必要がある。コインランドリーの洗濯機に女の人のパンティが残っていて興奮したとかそんな記述ばかりだが。笑
第2巻のつづき。
「おれが一番働いてると思わない?」
「字コンテはすでに頭の中にある」
「ぼくにもわからない」
「(ポニョ来るのイメージコンテを指して)この映画の本質はあの一枚なんです。それは風呂敷には簡単に収まらないんです」
「どこかで見たかったものとくっついている」
「自前で考えるしかないんです」
「起起起起転結」
「起承転転転転転結」
「延々たる日常のなかで映画がつくられる」
「風呂敷を広げるのが楽しい」
「限定された課題とか約束事とか決まった枠で見ているのとか全部だめ」
「釣りをしているのと同じ」
「飽きた」
「まだ早いんです」
「ずっと借金している気になってしまう」
「造船所で働いている人間がどこで弁当を食べているのか考える」
宮崎駿とスタッフと話している最中につんざくような鳥の鳴き声が窓の外から唐突に聞こえてきて、その感じがとてもなんか東京っぽい空間の自然(鳥)と人との関係を思い起こさせた。
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