| Home |
2009.01.19
物質と 記憶

歩きながら自分が12年間通った小・中・高校を見ていると、そこかしこのオブジェクトから記憶が喚起され、その情報の厚みに立っていられないほど、圧倒される。
樹木、遊具、玄関、自転車置き場、手すり、窓、グラウンド、砂場、大きな石、小池、小路、定位置にできる水たまり、自販機、制服、ジャージ、ゴールポスト…体育館を見るだけで床のベッタリとした質感や、マットのにおいなどを思い起こす。
これらはすべて外部環境と私の記憶装置に保存され、私の視線に触れるとその都度解凍されるもので、そのオブジェクトが消滅すれば、私の記憶もこの地上から消滅する。私の脳(内部)にあるというよりも、外部にあるという実感。保坂和志氏が「家に記憶はあるか」と問う時、このようなことを考えているのであろうか。
「感傷」という気分を瓦解させるほど、豊穣な記憶が物質に保存、刻まれている。
| Home |