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2009.08.14
80の北斎

以前に画集だが、葛飾北斎80歳の時の肉筆画「西瓜図」を目にした。
セザンヌやマティスを敬愛していた日本人としての自分の基盤がぐらぐら揺らいだ。
半分に切られた西瓜の上にふきん(布製のもの)が被せられ、その上に包丁がのっている。半透明に透き通ったふきんから、うっすらと西瓜の赤身が浮き上がっている。「うっすら」って世界にこうあるんだという強い衝撃。背景には吊された西瓜の皮。この巻き具合のヤバさ。ひもの張力具合。コンセプトといい、構図といい、技術といい、圧倒されて言葉を失う。なにかヤバいものを見てしまったような、そんな世界を震撼させる絵が存在してしまっていいのだろうか。
この絵に関して、日本人の自分としてなにが語れるというのだろうか。何かの比喩であることを指摘したところでまったく意味がない。ただただこの絵の奇蹟を味わっていたい。
日本画は最強ですと、ある日本画家が言っていたが、西洋絵画とはまるで足場の違う世界観にゾクゾクしてしまう。
人間は長生きすべきと、この画を見て強く思う。79歳と80歳で違う表現ができるなら、80まで生きたい。
ちなみに北斎は90まで生きている。化け物。
西瓜図の現物を死ぬまでには見たいな。
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