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イベントで音楽ライブがあって、ずっと聴いていたら、なんで人はそもそも歌を歌うのだろうかと思った。

最近は仕事が繁忙期で休みがとれず、精神は充実しているのだけど身体はとても疲れていて、そんな疲労した身体に女性ヴォーカルの声が滲みわたって浸透して、芯がほぐされたような気がした。
歌うということが、あるいは楽器を奏でるということが祈りや呪術的なものにムスビついているのは直感できる。
なぜカラオケがあんなに繁盛するのか。お風呂やその他の場所で鼻歌が出てしまうのか。歌うことはわれわれの根源的な欲求なのだろうか。

YouTubeで多くの人が歌を歌っているのを映像におさめて投稿しているのを見る。
びっくりするほどうまい人も多い。
うまい人は本家がどう歌っているかとか、声質がどうとか全然関係なく、自分にその曲が最初から与えられたかのようにその曲そのものと直に向き合っていて、というか直に向き合うことができる能力があることが、うまいことの証左なのだろう。
たとえばAshleyさんとか。

http://www.youtube.com/watch?v=puVdTO_veTM&feature=related




松尾芭蕉が蝉の声が岩に滲み入ると表現した。
滲み入ったさきは、消えゆくのか、それともその岩に残っていくのか。

きょうライブで聴いた女性の歌声や奏でられた楽器、Ashleyさんの歌声は、部屋やライブ会場、そしてわたしの身体に滲み入ってきっと刻まれ残されたに違いない。


歌うことは、不確かなこの世界の律動と自分とをシンクロさせる試みなのだろうか。

なにかに向かって、人は歌っている。
けっしてオーディエンスだけではない、もっと遠くの。
遠くってどこだ?
未来か、自分か、宇宙か、死か。



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